Music Diary

[ 2009.03.05 ]

ダイアナのボサノヴァに心傾けて

 ダイアナ・クラールが満を持して、ボサノヴァ集を制作しました。彼女にとって12作目になるこのアルバム。そこにある温かなきらめきが、彼女の音楽の成熟を物語っていました。その輝きはやさしく、親密な雰囲気をもっており、キャンドルの灯りのように、聴き手の心をひそやかに揺らしながら照らします。

 ダイアナ自身が、『クワイエット・ナイツ』について、こんなふうに語りました。
「これは、ぶりっ子なアルバムじゃないの。その正反対。わたしは、この新作を女らしいものだと感じている。たとえば、愛する人の横で、そっと耳元にささやくような歌。そう、ベッドのなかで」

 10年前ならそんなダイアナのことばに驚いたでしょうが、彼女もエルヴィス・コステロと結婚し、今や43歳、双子の息子の母親でもあります。そんなふうに話しても、悪ふざけや、ましてや照れ隠しに聞こえないキャリアを積んできました。

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 今作のために集った「チーム」は、ダイアナにしか集められない、いわゆる「ダイアナ・スペシャル・チーム」です。
 まずプロデューサーに、彼女を1999年にヴァーヴ・レコードに招き、育ててきた巨匠、トミー・リピューマ。エンジニアはアル・シュミット。そして、伝説のアレンジャー、クラウス・オガーマンが半ば引退生活を送っているなか、「ダイアナのためなら」と嬉々としてペンを手にしたといいます。

 まずリピューマとシュミットの2人は、ダイアナのヴァーヴ移籍第1弾『ホェン・アイ・ルック・イントゥ・ユア・アイズ』を制作したチームで、ダイアナにグラミー賞のベスト・ジャズ・ヴォーカルをもたらしました。
 カナダのナナイモに生まれ、バークリー音楽院を経て、アメリカで活動するようになったダイアナを一躍スターダムに押し上げたのが、この作品でありチームだったのです。

 そして、第2弾『ルック・オブ・ラヴ』でオガーマンが参加し、2001年にリリースされたこのアルバムは、世界中でプラチナ・アルバムを獲得したのでした。

 ダイアナ自身は、本作で初めてコ・プロデュースにあたり、いつものようにピアノを弾き、ヴォーカルをとっています。核になるカルテットのメンバーは、彼女にとってはレギュラーといっていい、アンソニー・ウィルソン(g)、ジョン・クレイトン(b)、そしてジェフ・ハミルトン(ds)。
 彼らが、息のあった演奏で、ダイアナをやさしくサポートしているのですが、クレイトンとハミルトンは、1980年代に、バークリー音楽院を卒業してロスに移ってきたダイアナが師事した、「先生」でもありました。

 このように、『クワイエット・ナイツ』は鉄壁のチームがあってこそ作れた、センシュアルで、セクシーなアルバムなのです。
 つまり、これほど肩の力を抜くには、よほどスタッフや共演ミュージシャンと心が通っていなければ無理な話で、ダイアナが上記の人々とよい関係を長く培ってきたからこそ、生まれ得た作品だともいえるのです。

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 ダイアナに、ボサノヴァ集を作ろうと思った経緯を聞きました。2004年のコステロと共作した楽曲を多く収録した『ザ・ガール・イン・ザ・ネクスト・ルーム』でオリジナル曲の楽しさを知りそめ、自分自身を表現した彼女。その後、06年の『クリスマス・ソングズ』、続く07年の『フロム・ディス・モーメント・オン』と、ザ・クレイトン?ハミルトン・ジャズ・オーケストラとアルバムを作ってきました。
 本作誕生には、何か重要なきっかけがあったはず。昨年の、「ボサノヴァ生誕50周年」がその契機だったのでしょうか。
「去年、リオ・デ・ジャネイロでやったコンサートの模様を、DVDに収めることになってね。ブラジルに行ったときにひらめいた。それから、引き寄せられるように何度もブラジルに行くことになったのだけれど、街では今でもアントニオ・カルロス・ジョビンの歌やボサを耳にした。ボサは、ブラジルの人々にとってのスタンダードなのね。コンサートで〈まなざし〉を歌ったら、観客が一緒に歌うの。まるでコーラスよ! 彼らの血のなかに、ボサノヴァがあるのね」

 ブラジルでの体験から、ボサノヴァ作をレコーディングすることに決めたダイアナ。本作には(ボーナス曲をはぶくと10曲収録中) 4曲のボサが収められ、そのうちの3曲、タイトル曲の〈クワイエット・ナイツ〉(またの題名をコルコヴァード)、〈イパネマの少年〉(原題はイパネマの娘)と、〈まなざし〉がアントニオ・カルロス・ジョビンが作曲した名曲です。

 アントニオ・カルロス・ジョビン(1927年1月25日?1994年12月8日)が、1950年代後半、ジョアン・ジルベルト、ヴィニシウス・ヂ・モライスなどとともに、ボサノヴァという音楽ムーヴメントを創生したことは周知の事実です。
 そればかりか、ジョビンは20世紀のブラジル音楽を代表する作曲家であり、今も多くのリスナー/ミュージシャンに愛され、彼が残した楽曲は世界で歌われています。

 ダイアナの話に登場した〈まなざし〉ですが、今作ではギターとストリングスに導かれて、ポルトガル語で歌うダイアナが、今までにはない抑えた情感を伝えてきます。
 〈クワイエット・ナイツ〉でも、星だけがまたたく静やかな夜空を想像させる、抑えた歌唱が好もしいのです。
 〈イパネマの少年〉は、女性シンガーの場合、歌詞のガールをボーイに置き換えて歌うのが通例で、ダイアナもそうしているため、タイトルも「少年」になりました。
 ストリングスのイントロが限りなく美しく、生命の輝きを謳う彼女の歌声に彩りを与えています。

 もう1曲のボサノヴァ・ナンバー、M8〈ソー・ナイス〉(またの題名をサマー・サンバ)は、マルコス・ヴァーリらが書き、彼の歌でヒットした有名曲です。
 ジェフ・ハミルトン(ds)のセンシュアルなブラシ・ワークと、単音で弾くダイアナのピアノが、素朴な喜びの表現にふさわしいですね。

 スタンダードのボサノヴァ化にも無理がなく、並列されたバラッドも、同じ色調をもっています。
 すべての曲が、ロマンを謳う「静かな夜」なのです。

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 トミー・リピューマが、ダイアナの歌唱について、次のように語りました。
「ダイアナは、まったくもって成長したね。ぼくが彼女と最初に仕事をしたのは1994年にさかのぼるが、ここ数年のなかでも、今作での成熟は著しい。彼女のアプローチは、ストレートに歌うのではなく、もっと器楽奏者に近いものだ。歌詞の読み込みや、声の質感はミスティな雰囲気をもち、成熟期のペギー・リーといった感じだろうか」

 ダイアナ自身は、歌い過ぎに気をつけ、その意味でもジュリー・ロンドンを強く意識したと言っていましたが。
 ちなみにレコーディングでの彼女のパートは、ほぼファーストからセコンド・テイクでにとり終えられました。
 リピューマに続けてもらいましょう。
「ダイアナは永いことブラジル音楽に共感をもってきたが、2000年からスタートした『ザ・ルック・オブ・ラヴ』のレコーディングで、我々一人ひとりがボサについての学びを深めたんだ。今作で、それが一気に花開いた感がある」

 同年、ダイアナをオガーマンに引き合わせたのも、他ならぬリピューマでしたが、今作でも、オガーマンが編曲したオーケストレーションが秀逸で心をとらえるのです。彼が書く弦には、独特の旋律と展開があり、今作がほかのボサノヴァ集と一線を画すのは、ストリングスによるところが大きいと思います。
 リピューマが、オガーマンとの親交を語りました。
「ぼくは1970年代からクラウスと仕事をしてきたが、彼自身の作品、ハンク・ジョーンズからマイケル・ブレッカーとの共演作まで多岐にわたる。『ザ・ルック・オブ・ラヴ』制作時に、クラウスはダイアナに恋したんじゃないかな。それに同作は、名編曲家自身が、生涯でたぶんベストの出来だと、回想するものだ。だから、彼はそれ以降も彼女の動向を気にかけてくれ、今作の依頼にはふたつ返事。
 今はピアノやヴァイオリン協奏曲しか書かない彼だから、うれしかったね。彼は新たなアプローチで弦を書き、このアルバムに心を傾けてくれた。たとえば〈クワイエット・ナイツ〉では、原曲のもつイメージより少しダークな色彩を添え、マイナー・コードの選択に抜群のセンスをみせている。
 ダイアナもクラウスに全幅の信頼を寄せ、誰も彼のアレンジに口をはさむ者はいなかった」

 ダイアナからは、こんなこぼれ話も聞けました。
「クラウスは、ある曲に関しては何百回とアレンジしてきたから、今回はクレイジーな面を書き込むんだと言っていたわ。
 〈ウォーク・オン・バイ〉は、バート・バカラックが作曲したヒット・ナンバーだけれど、『この曲でフレンチ・ホーンを使った人はいないだろう』って言っていた。わたしたちは皆、このレコーディングで、真にひとつに溶けあった。オーケストラに音の空間を委ねたくて、ピアノを弾かないことにした曲もあったのよ。
 そういったことを願う環境でレコーディングできて、心から楽しかったわ。完成してしまうのが、イヤだったほど」

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 このアルバムには、ボーナス・トラックが3曲加えられています。ビージーズの〈傷心の日々〉。コール・ポーターの美しい恋の歌〈エヴリ・タイム・ウィ・セイ・グッドバイ〉。そして日本のみのボーナス・トラックとして、スタンダードの〈アイ・シー・ユー・ビフォア・ミー〉が収録されています。
 しかも、初回限定でつくDVDでは、ダイアナに今作のレコーディングを決心させた、ブラジルでのコンサートの一端も見られます。
 原地の風景をバックに聴く〈イパネマの少年〉は楽しく、コラージュで重ねられる歌とインタヴューが、本作と同様のアティトゥードで作られていることが心憎いのです。

 何と、サーヴィス精神に溢れた、『クワイエット・ナイツ』でしょうか。こういったきめ細やかさは、マーケティングよるものではなく、母になったダイアナの心遣いだと、わたしは感じます。

 ダイアナのボサノヴァで、ロマンティックで心地よい夜を過ごそうじゃありませんか。
「ぜひ、そうしてほしいわ。このアルバムは、わたしから夫と息子たちへのラヴ・レターだと言ってもいいものなの。すごく親密で、ロマンティックなアルバムだから」

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ダイアナ・クラール
『クワイエット・ナイツ』

ユニバーサルミュージック
UCCV-9371
2009年3月25日発売予定
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