Music Diary
[ 2009.02.18 ]
ブラッド・メルドー・トリオ公演迫る
若手ジャズ・ピアニストNo.1といえば、ブラッド・メルドーです。右手と左手で異なる即興を演奏することができる、驚異のテクニックの持ち主ですが、聴き手はそんなことに心を動かされるのではありません。
90年代半ばのデビュー時には、ビル・エヴァンスとよく比較されたものですが、それはピアノに覆いかぶさるように演奏する姿が似ているからで、これまた、ブラッドの魅力の根源とは関わりがありません。
ブラッドは、ニック・ドレイク、レディオヘッドといったロック・グループの曲もとりあげることで、ロック・ファンからも支持されています。こういったレパートリーのことは、「音楽をジャンルでとらえるのでなく、音楽そのものとしてとらえる」彼のアティトゥードの表れですから、少し確信に近づいてきました。
形ではブラッドの音楽の本質に迫れそうにありませんが、では、詩情はどうでしょう。彼のピアノがたたえる、一種のエレジー(哀歌)。
それは、ブラッドだけの専売特許ではありませんが、音楽のエレジーとしての側面を強く認識している人は、そうはいません。
聴き手は、彼のピアノが語る痛みに共感し、また、自分の痛み・悲しみの代弁者として、ブラッドを評価するのではないでしょうか。
ブラッドが、次のように語りました。
「偉大な音楽には、根源的な打撃力がある。あなたがやっつけられたあとで、すばらしいことが起きる。あなたは、自分自身の有限さを実感できるのです。人生は短し、されど、芸術は長しです。音楽に引きこまれるときの、あの胃のチクチク、身体を走るムズムズは、何でしょう。それは恍惚と死の恐怖が重なりあったところの、一種の死の感覚です。
リルケは挽歌の一編のなかで、我々の美の知覚は、恐怖の始まりに過ぎないと語りました。即興のプロセスは、死すべき命の肯定のようなもの。何かを想像している瞬間に、それは永遠に消え去ってしまうのです。そして、そのことが即興の力強さなのです。
即興は、絶えず生まれながらにして死んでいくことによって、死の問題を解いているかのようではありませんか」
その即興の魅力が、ブラッドをジャズにつないでいるのです。
実は、ブラッドはごく幼い頃、養護施設で育っています。メルドーという裕福なドイツ系の歯科医の家に養子に迎えられたので、生活は恵まれていましたし、6歳から音楽教育を受けることもできました。
でも、「生」への問いかけは、幼少時から深く、止むことなく続けられました。
消しがたい心の傷と向き合うために、あるいは向き合わないですむために、ピアノを弾くこともあったでしょう。ピアノが彼にとっては、救いだったにちがいありません。即興演奏が、死を見つめさせ、見つめることで自らの痛みを乗り越えることができる。
トラウマは常に芸術の母でしたが、それは21世紀になっても変わらないのでしょうか。
それほどの傷の自覚はなくても、現代の若者はみな傷ついています。その傷を、ブラッドのピアノが繊細に、ゆっくりと、でも深いところで癒していくのです。
だから、ブラッド・メルドーのピアノに人気が集まるのだと感じています。
カーネギーホールでのトリオ公演が終わったら、来日します。3月3日、一夜限りのコンサートが、サントリーホールで行われるのです。
過去にも2度、このホールで演奏したことがあるブラッドは、「温かなアコースティックをもったホールで、特にピアノに最適です。今回はトリオで来日できるので、ぜひジャズの社会性、開かれたコミュニケーションを楽しんでいただきたい」と、語っています。
パット・メセニーとブラッドの共演作&コンサート『カルテット』で衆知の、ラリー・グレナディア(b)、ジェフ・バラード(ds)との、詩情あふれるこのトリオ。
死に近づく感覚をもたらすほどのエクスタシーを、今回も味わえるでしょうか。

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ブラッド・メルドー・トリオ
コンサートInfo
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大阪:ビルボード大阪
3/2 1st18:30?、3/2 2st21:30?
サービスエリア:8500円
カジュアルエリア:7000円
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東京:サントリーホール
3/3 19:00?
S席 \8,000 / A席 \7,000 / B席 \6,000
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ブラッド・メルドー
『Brad Mehldau Trio: Live』
2008年04月08日発売
※ 権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。







