Music Diary
[ 2009.09.04 ]
Melody Gardot @ TOKYO JAZZ on 5
Twitterで、期待のシンガー・ソングライター、メロディ・ガルドーがわたしをfollowしていると知ったときはうれしかったな。
彼女の本格的な初来日公演が、5日に迫った。
TOKYO JAZZ 2009。国際フォーラムで、19:00~に始まる。
「見て見て。これ、かわいいでしょ。メンバーからもらったの」
初来日した今年の4月、それが、メロディと交わした会話のイントロだった。
まったくフツーの、24歳の会話だが、彼女が差し出したのは「杖」だった。
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今、彼女の悲しみの粒子をもったメロディの歌声が、大きな話題になっている。
彼女のデビューは、センセーショナルだった。奇跡の生還ストーリーが、彼女の歌にさらなる陰影をそえたからだ。
メロディは、16歳の頃から地元で歌っていたが、19歳の時、交通事故に遭い重傷を負った。寝たきりの生活が1年間。もう歌えないだろうと、医師に宣告された。
絶望する心を癒す目的で、メロディは音楽療法を受けた。そのセラピーで、彼女は自分の想いを歌にすることを覚えたのだ。
歌が次々に湧いてきた。風が木の葉をスウィングさせるのを見ても、背中が痛んでも、歌になる。不屈のリハビリを続け、自ら作詞・作曲した楽曲で活動を始めたメロディは、以前とはちがう、自分の声をもったシンガーになっていた。
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「脊髄と、聴覚・視覚に障害が残った。
足の感覚があまりないから、この杖は必需品。
光に過敏なもので、このホテルの部屋もカーテンを閉めたままでごめんなさい。
でも、わたしが曲を書くきっかけを、事故がくれた。
以前のわたしには、言いたいことがなかったもの。
だから事故以前に戻りたいとは、思わない」
2作目に当たる新作『マイ・オンリー・スリル』が、世界中で若者に受け入れられている。
語りかけるような、抑制のきいた歌唱。ビブラートが独特で、そこに深い情感がこもり、聴き手の心をゆさぶる。
プロデュースは、ラリー・クライン。マデリン・ペルーやティル・ブレナーといった、ちょい暗なサウンドをプロデュースさせたら一番という、評判の人だ。
ストリングスに鬼才、ヴィンス・メンドーザが起用され、歌に繊細な彩りを添えた。
しかし、今作のレコーディングに、通常の何倍もの努力と時間がかけられたことは言うまでもない。一日歌ったら、次の日は休む。
彼女は泣き言を言わないが、そんなペースでないと歌えないのだ。
ホテルのドレッサーの上を占めているのが、数えきれない薬瓶だとわかったとき、わたしは一瞬嘔吐を覚えた、
「いくらでもスポーツ・カーがあるのに、わたしは週末だけ走れるおんぼろ車のようなもの。それでもいいって言ってくれるスタッフに恵まれて、わたしは何て幸運なんでしょう」
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彼女が最も気に入っているという〈ユア・ハート・イズ・ブラック・アズ・ナイト〉は、熟女が歌うような恨み歌。
メロディは「現代のビリー・ホリデイ」といった呼び方をされるが、もっと遡り、ブルース創成期のシンガーを想わせる。
タイトル曲の〈マイ・オンリー・スリル〉の哀愁も、ストリングスとあいまって「ヤバい」。
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4月のプロモーション来日時に、メロディはショーケースを行った。
彼女のライヴを見るまでは、周囲の大人たちがメロディのサウンドの影を意図的に濃くしているのだろうと想像していたが、実際は逆だった。
周りの大人は、音楽の明度を上げて、アルバム化していたのだ。
演出上、彼女はステージを暗くした。そこに一人で立ち、ア・カペラでブルースを歌いはじめた。バックも終始音量を抑え、最後のデューク・エリントン作曲「キャラバン」でやっと音楽が躍動する。
ご本人は、「ブルースから初めて、ジャズの歴史を辿るように歌い、完璧な作品である〈キャラバン〉でステージをしめた」と語ったが、メロディが放出するエモーションが生々しく、聴いていてつらい面もあった。
実際に会った彼女の明るい印象と、ステージとの温度差。でも、どちらもメロディなのだ。
その振幅の大きさが、彼女の痛みの深さを物語っているのでもあり、その痛みが、悩みをかかえた若者を惹きつけ、救う。
「シングル・マザーとしてわたしを育てた母親が、もうすぐ結婚するの。わたしは問題が起こったとき、男のところには逃げ込むのは賢い選択だとは思わない。
問題があったら、わたしは音楽に入り込む。
音楽は、いつだって、わたしを抱きとめてくれるから」
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わたしは、「今に見ていなさい、」と心の中でつぶやく。
心から信じあえる恋愛をしたら、あなたの歌はまた変わるわよ。
そのときまで身体を大事に、歌い続けてほしい。







