Music Diary
[ 2009.01.14 ]
新宿コマ劇場を見送った、ウェスタンカーニバル
暮れの話。
52年の歴史をもつホール、新宿コマ劇場に別れを告げてきました。演歌の殿堂というイメージのあるコマですが、クリスマスの当日、わたしが行ったのは、なんと「ウェスタンカーニバル」だったのです。
「ウェスタンカーニバル」は、1958(昭和33)年に第1回が開催され、今年で50周年。それを記念し、クリスマスの日に「ウェスタンカーニバル」を復活させようと、粋なことを考えた人がいたのです。
ロカビリー三人男として自身も「ウェスタンカーニバル」の華だった、平尾昌晃さんが、その人。しかも、2008年大晦日をもって閉館した新宿コマ劇場でやろう、という粋な計らいだったのです。
52年の歴史を誇るコマ劇場には、三層にせりあがり、コマのように回転するステージがあります。だから、コマ劇場と命名されたのです。
北島三郎さんの金の銅像があるのは有名な話ですが、演歌の殿堂として美空ひばりさんから、今は氷川きよしくんまで、昭和の演歌を育んできた、貴重な場でした。
ひばりさんのママが使っていたという監視席?や、通常の座席もとても狭く、リニューアルする必要が叫ばれてはいたのです。でも、劇場って、とくに想い出がこもる場ですから、一度壊したら、もう同じ劇場ではなくなるのですね。
そんな演歌の殿堂で、一度だけですが、ウェスタンカーニバルが行われたこともあったのだそうです。
で、「当時同じ空気を共有したお客さんも含めての同窓会にしたい」と、プロデュース/演出もつとめた平尾昌晃さんの呼びかけに、多くのシンガーが応えました。
「ロカビリー3人男」の平尾さん、ミッキー・カーチスさん、山下敬二郎さんをはじめ、尾藤イサオさん、レコード会社社長の飯田久彦さん、女性陣では森山加代子さん、弘田三枝子さん、九重佑美子さんなどなど、当時のスターが大集合。
客席も豪華で、創始者の渡辺美佐さんに、山本リンダさん。
それに、司会も加藤茶さんと小野ヤスシさんの豪華コンビがつとめて、即興のきいた笑いをとっていくんですね。
最もウケたのが、名前を思い出せなかったとき。中高年層のファンが、どっとわきました。
そんな温かな声援と拍手のなか、全編当時のアメリカンポップスで構成された、そのステージ。各シンガーの十八番もよかったのですが、平尾さんが伸びのある歌声で歌った〈ルシール〉。この日本語詞が、ききました。説得力があるんです。今でも伸びがあり甘い声には、色気があって、71歳とはとても思えない。人は年齢では語れません。
尾藤さんと飯田さんがこの日限りのデュエットを組んで歌った「ブルー・スエード・シューズ」や、女性歌手全員で「ヴァケーション」を歌うなど、その日にしかない豪華な組み合わせも楽しめました。
わたしは、子供の頃聞いた弘田さんの「ヴァケーション」の歌詞にあったおかげで、VACATIONのスペルはいつも正しく書けたんです。ありがとうございました。
今回驚嘆したのは、アメリカ製ポップスをコピーしただけではなく、そこにオリジナリティがあったことです。それぞれのシンガーの個性が強くて、自分自身の歌にまで消化しているんですね。すごい、消化力です。
「半世紀歌っていれば自分のものにもなるさ」
ミッキー・カーチスさんなら、そういうにちがいありません。
クライマックスに近づくと、客席から、飛ぶ、飛ぶ、紙テープ!
でもですね、お客さんも年季が入っているから、シンガーに当たらないよう、気をつけて投げている。
テープにからまりながらステージに倒れる平尾さんも、怪我をしないように、ゆっくりと。
それは演出を超えた、優しさの応酬でした。
フィナーレで、舞台と客席をつなぐ無数のテープ。その様子が、豪華客船の出港を見送るシーンのように見えてきました。
別れ、というより、船出。
旅立ちは再会に通じ、いつしか同窓会になるのです。
いい同窓会でした。
退場のときも、平尾さんの演出で、スターたちが客席の間をぬって、去っていくんです。スターと握手するとき、隣席のご婦人の顔が桜色にそまり、少女に戻ったんですね。
それもまた、同窓会のすてきな効用なのです。
始まりがあれば、すべてに終わりがあります。
このサイト「ミュージック・ダイアリー」も2000年のスタートから、8年間にわたって仲良くしていただきましたが、この3月をもって閉めることになりました。
残念ですが、またどこかでお目にかかれるようにしますし、それまでの3ヶ月、わたしとしても「お別れ公演」を続けますので、どうかいつにも増して、ごひいきにしてください。
最後まで、どうぞよろしくお願いします。


いまだに色気がある、平尾昌晃さんの歌

※ 権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。







