Music Diary

[ 2008.11.19 ]

テナー奏者=川嶋哲郎

 『哀歌』から、川嶋哲郎の新たな意志が立ちのぼってくるようです。
 永遠は、やはり瞬間に宿るものなのでしょう。「今」という瞬間に命を燃やすブロウでありながら、彼の演奏は人が悠久の昔から変わらずにもってきた哀しみや、喜びを内包し、そのことで聴き手の「今」と共振していました。

 今までより、その音楽の通奏低音に明るさをたたえ、川嶋さんのテナーが歌っています。選曲は、暗い既存のイメージをもった曲も選ばれていたので、聴くまではそれが不安の種でしたが、彼のテナーがそれを払拭するかのように力強く鳴っていました。
 新グループによる、ワン・ホーンのアルバム。その誕生のいきさつを、川嶋さんに聞きました。

 「2006年春以降、M&Iレーベルからデュオ・アルバムを3作発表させてもらう過程で、横田プロデューサーと、いつかテナーに特化したワン・ホーン・アルバムを創る約束をしました。その宿題がこの『哀歌』なのです。今まで一通りすべての形態でやってきたなかで、新作にはいくつかの選択肢がありました。

 1.以前から活動していた石井彰(p)、安カ川大樹(b)、力武誠(ds)とのカルテットで録音する。
 2.人気ミュージシャンたちとスペシャル・バンドを組む。
 3.外国人ミュージシャンと録音する。
 4.まったく新しい人と新たなバンドを組む。

 そのなかから、将来につながる夢・希望がより大きくもてる4を選択したわけです。

 メンバーは、音楽に対して前向きな人、音楽の話ができる人というパーソナリティで選びました。田中信正(p)とは4?5年デュオで一緒にやってきましたが、他のメンバーが若い世代になることが想定されたので、軸になる人がほしかった。彼はクラシックの演奏会に自主的に参加するなど、音楽を修行していくという姿勢をもったピアニストです。長谷川学(ds)は、今30歳でしょうか。2007年にサテンドールのセッションで一緒になり、ぼくが意見をしたら、よく聞いてくれ、以来一緒にかなり勉強してきました。

 安田幸司(b)は2006年に平賀マリカさんのツアーで一緒になり、そのときの印象がよかった。一番大事なことだけをやるタイプの演奏家で、ぼくを支えてくれることに集中してくれる。

 このアルバムでは、サックスはサックスらしく、ドラムはドラムらしく、素直に演奏することを心掛けたんです。

 録音して思ったことですが、自分を最も幸せにしてくれるのは『いい曲』を演奏し、『いい曲になった』と実感できるときなのです。それが実現できたかなと、今思っています」

 ジャズのレコーディングであっても、近年はしっかり楽譜が用意されているのが通常ですが、このアルバムは仕掛けナシ。メロディや、曲そのものを大事にするアティトゥードが貫かれています。
 川嶋さんが続けて言いました。

 「複雑なアレンジをするのは曲に力がないからで、ここではアレンジなしで普通にメロディを吹いただけで聴かせられる、そういう演奏を目指しました」

◆      ◆      ◆

 先ほども書きましたが、選曲を聞いたとき、わたくしには一抹の不安がよぎりました。シャンソンの〈暗い日曜日〉、アマリア・ロドリゲスで知られるポルトガルのファド〈かもめ〉と、「世界で最も暗い曲」の上位常連曲が、2曲も入っていたからです。

 〈暗い日曜日〉は、1933年ハンガリーで発表された、ヤーヴォル・ラースロー作詞、シェレッシュ・レジェーシェ(レッソ・セレシュ)作曲による歌で、日曜日に恋人を想い、その死を嘆くといった内容です。ナチスの軍事侵攻を前に緊迫したハンガリーで生まれ、1936年にフランスのダミアが歌ったことで大きなヒットになり、当時の若者にセンセーショナルな共感をもってむかえられました。当時、この曲を聴いて自殺する人が続出したので、放送禁止にもなり、「自殺ソング」とも呼ばれ、そのことで作曲者自身をも自殺に追い込んだ曲なのです。

 近年では、ブランフォード・マルサリスが、バラード集『エターナル』でとりあげていましたね。

 「かもめ」も去った恋人を追慕する内容で、ファド特有のサウダードをもった著名な曲で、わたくしは、ドゥルス・ポンテスが『明日を夢見て』で歌ったヴァージョンが、最も好きなテイクです。

 もう、種明かしをしてしまうと、この2曲は横田プロデューサーからのリクエストでした。川嶋さんはリクエストのリストにあった8曲からこの2曲を選び、ステージにかけてきたそうです。

 〈暗い日曜日〉はコードを書いて、テンポを変えただけ。〈かもめ〉ではテーマ時にはルバートで演奏し、楽曲のもつエッセンスを抽出し高みへと飛翔する、雄々しい演奏を聴かせています。彼は「いい曲かどうか」だけを考え、この2曲を選んだそうです。近年よく演奏する唱歌〈浜辺の歌〉や〈この道〉といった、「いい曲」の延長線上に、この2曲もあると感じたから選択したのでした。

 「その2曲をアルバムに違和感なくおさめ、統合したのが、川嶋が書き下ろした冒頭の〈哀歌〉でした。この曲の美しさ、演奏のすばらしさが、今の川嶋の実力を十二分に語っていると思います」と、横田プロデューサーも話していました。

 その〈哀歌〉にこめられた情感の深さが、聴き手の心を揺さぶり、慰撫します。エレジーのはずですのに、明るい。そこが、いいですね。そこにあるエモーションは哀しみの一色ではなく、救いがあり、そこにわたしは生への強い肯定を聴くのです。

◆      ◆      ◆

 つづいて収められた〈ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング〉で、その肯定がさらに強く表現されています。

 毎年フランスに赴き、演 奏を続けている川嶋が、当地でもよく演奏するというミシェル・ルグランの名曲です。コード進行の難しさなどを感じさせずに、ソングのもつ春のむせかえるような生の息吹を感じさせて、実に瑞々しいのです。

◆      ◆      ◆

 人生には、生きながらに生まれ直す、ということがあります。わたしにも、数回ありました。やはり、病気をし、運良く回復したときに、そんな再生を経験しました。「生かされている」ことを、疑いをはさむ余地なく実感できる機会ですから。

 でも、今日は川嶋さんの話。川嶋さんも、実は、そういった再生を二度経験しています。まず一回目が1998年に彼を襲った脳梗塞。そのリハビリ後、彼はデビュー作(『エターナル・アフェクション』'99年)をもって、我々の前に登場したのでした。その作品で、彼のとげた変化を聴き取ったのは、わたしだけではないはずです。

 音が、それ以前と、まったく変わっていたのです。

 そして、'07年11月の交通事故が二回目です。事故からの帰還後、本作『哀歌』が初めてのレコーディングになりますが、それ以前の彼とは、またちがう音を体得したと、わたしは感じています。

 「曲に魂をこめたい」と願う彼の意志が、結実させた境地でもあるのでしょう。

 また事故以来、彼は酒を止めています。音楽だけをする生活をしたいと願っていて、今後は、後進を育てたいとも考えているのです。

 そんな川嶋哲郎の「今」が生んだ作品が、『哀歌 』なのです。

◆      ◆      ◆

 作曲家としての川嶋は、今作でテナー奏者の川嶋をフィーチャーするように曲を書き進めたにちがいありません。興味深いオリジナルがそろいました。

 メンバーもまっすぐないい演奏を聴かせていますが、2007年夏に組まれたこの新グループは、今後も若い世代 に開かれたものとして、可動性をもって活動していく予定だそうです。

 40歳代前半のジャズ・ミュージシャンの通過儀礼として、それまで先輩や同輩の胸を借りて演奏していたところを、若手をリードしながらプレイする必要が生じます。その立ち位置のちがいは、最初は当事者をとまどわせるものです。ですが、誰もこの経験を避けては通れないのです。

 今作で、自分にふりあてられた音楽的空間の大きさを楽しんでいる川嶋哲郎をみると、有意義に過渡期を過ごしていると感じました。ことライヴでは、もっと共演機会を多くもて、切磋琢磨しつつ「バンド」として機能する音楽集団があり、そこで川嶋さんが自由に「吹きまくれる」という場があるのが、理想的でしょうけれど。

 特に、今作が、先の事故からの帰還後、彼にとって初めてのレコーディングになりますよね。だから、この『哀歌』には今まで以上に、「歌いたい」という彼の気持ちの高揚がこめられています。

 演奏できる川嶋哲郎の喜びが、今作の華になっているのです。その気持ちに耳を澄ませたいと思っています。

↑ このページのトップへ | Music Diaryの一覧へ


川嶋哲郎カルテット
『哀歌』

M&Iミュージック
MYCJ-30481
2008年11月19日発売
※権利者の許可を得ずに、複製することを禁じます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


この秋、洗足学園音楽大学ジャズ・コースの「特別講座」の、ゲスト・スピーカーとして呼びした時の写真。講義の内容は「どう、即興演奏をするか」という、ジャズの核心にふれるもの。学生たちも、大いにインスパイアされた1コマでした。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


10月、六本木Alfie でのライヴで。
その日のメンバーは、左から田窪寛之(p)、
川嶋哲郎(ts)、安田幸司(b)、長谷川学(ds).

新作発売記念ライヴは、
12月5日(金)六本木 Alfie 03-3479-2037
出演者:川嶋哲郎(ts)、田中信正(p)、 安田幸司(b) 、長谷川学(d)

12月6日(土)鴨川市風雲 090-8812-7748
出演者:同上